野球史に燦然と輝く「野球の神様」ベーブルース。その圧倒的な成績と影響力は、100年以上経った今も色褪せることがありません。現代では大谷翔平選手が注目を集めていますが、両者にはどのような共通点と違いがあるのでしょうか。
本記事では、ベーブルースと大谷選手との比較を通じて、その偉大さを検証していきます。

ベーブルースとはどんな選手だったのか

ベーブルースについて紹介するよ!
ジョージ・ハーマン・ルース・ジュニア、通称ベーブルースは1895年生まれのアメリカ人プロ野球選手です。1914年から1935年までの22シーズンにわたり、ボストン・レッドソックス、ニューヨーク・ヤンキース、ボストン・ブレーブスでプレーしました。「バンビーノ」の愛称でも知られ、野球というスポーツそのものを変革した伝説的存在として語り継がれています。
波乱に満ちた生い立ち
幼少期のルースは素行不良で知られる少年でした。7歳の時、両親は彼をセント・メアリー少年工業学校という矯正施設へ送ります。そこで運命を変えたのが、マティアス・バウトラー神父との出会いでした。神父から野球を教わったことが、後の偉大なキャリアへとつながっていったのです。
「ベーブ」という愛称の由来
19歳でプロ入りした際、世間知らずな振る舞いから「ジャックの新しいベーブ(赤ちゃん)」と揶揄されました。当時の監督の名前がジャックだったことから、こう呼ばれるようになったのです。この愛称が生涯を通じて彼につきまとうことになり、本名よりも広く知られる名前となりました。
出典元:産経新聞
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ベーブルースの打者としての圧倒的成績
ルースが残した打撃記録は、現代の視点から見ても驚異的なものばかりです。特に長打力に関する数値は、今なお破られていない記録も多く存在しています。
通算714本塁打という金字塔
キャリア通算で714本の本塁打を放ちました。この記録は1974年にハンク・アーロンに更新されるまで、実に39年間も世界記録として君臨し続けたのです。当時としては想像を絶する数字であり、ルース以前の野球では考えられない偉業でした。本塁打王のタイトルも12回獲得しています。
今も残る長打率とOPSの記録
通算長打率.690とOPS1.164は、現在もMLB記録として残っています。長打率とは安打のうちどれだけ長打を打ったかを示す指標で、OPSは出塁率と長打率を足した総合的な打撃指標です。これらの数値が100年経っても破られていないことが、ルースの桁外れなパワーを物語っています。
1927年の60本塁打
シーズン最多本塁打として、1927年に60本を記録しました。これは154試合制での記録であり、1試合あたりの本塁打ペースは驚異的なものでした。打点王も6回、首位打者も1回獲得しており、パワーだけでなく打撃技術も一流だったことが分かります。
ベーブルースは投手としても一流だった
意外に知られていませんが、ルースはキャリア初期のレッドソックス時代、主に投手として活躍していました。打者としての印象が強いため見落とされがちですが、投手としても超一流の成績を残しています。
通算94勝という実績
投手としての通算成績は94勝46敗、防御率2.28という素晴らしい数字です。1916年には防御率1.75で最優秀防御率のタイトルを獲得しました。当時は先発完投が当たり前の時代で、1917年には35完投を記録するなど、現代では考えられない働きぶりを見せていたのです。
左投手として記録に残る完封数
1916年にはシーズン9完封を達成しています。この記録は左投手としてのア・リーグ最多タイ記録として、今も語り継がれているものです。投手としてのルースは、速球とカーブを武器に打者を翻弄し、打たせて取るスタイルで勝利を重ねていきました。
ベーブルースの「何がすごい」のか
単なる数字の羅列だけでは、ルースの真の偉大さは伝わりません。彼が野球界に与えた影響は、記録以上に革命的なものでした。
野球の時代を変えた存在
ルースの登場により、それまでの「飛ばないボール」を使ったデッドボール時代が終わりを告げます。本塁打が連発されるライブボール時代へと移り変わり、野球というスポーツの魅力そのものが大きく変化しました。ルースは野球のルールを再定義した革命児だったのです。
チームを上回る個人の力
1920年に54本塁打を放った際、リーグ2位の選手はわずか19本でした。驚くべきことに、ルース1人で当時の他のほとんどのチーム全体よりも多くの本塁打を打っていたのです。
予告ホームランの伝説
1932年のワールドシリーズで、ルースは外野フェンスを指差した後、そこへ本塁打を放ったとされています。この「予告ホームラン」の真偽については諸説ありますが、今も語り継がれる伝説として野球ファンの心を掴んで離しません。
出典元:産経新聞
ベーブルースと大谷翔平の二刀流比較
現代の二刀流、大谷翔平選手とルースの比較は、野球ファンにとって尽きない話題です。両者の共通点と相違点を詳しく見ていきましょう。
二刀流のスタイルの違い
ルースは投手から徐々に打者へと専念していきました。本格的に投打で活躍したのは主に1918年と1919年の2年間で、ヤンキース移籍後はほぼ野手として専念しています。一方の大谷選手は、メジャーでも長期間にわたり投手とDHを高度に並行させており、継続期間という点では大谷選手に軍配が上がります。
歴史的快挙の数字
ルースは1918年に投手として13勝、打者として11本塁打を記録しました。それから104年後の2022年、大谷選手は10勝34本塁打を達成し、実に1世紀ぶりの「2桁勝利・2桁本塁打」という偉業を成し遂げたのです。この数字が持つ意味の重さは計り知れません。
投手としての特徴の差
ルースの速球は約90マイル(約145km)で、カーブを交えて打たせて取るピッチングスタイルでした。対して大谷選手は100マイル超の剛速球に加え、スプリッターやスライダーなど多彩な変化球で三振を奪います。投球スタイルは時代背景を反映し、大きく異なっているのです。
まとめ
ベーブルースは打者として、投手として圧倒的な成績を残し、野球の歴史を変えた伝説的存在です。大谷選手との比較では、大谷選手が上回る面もありますが、ルースが切り開いた道があったからこそ、現代の二刀流が存在すると言えるでしょう。「野球の常識を覆した革命児」として、永遠に語り継がれていくはずです。










